阪神競馬場(兵庫県)
1949(昭24)年〜

武庫郡鳴尾村(現:西宮市)の鳴尾川の西浜で
阪神競馬倶楽部主催にて施行されていた関西競馬場

川の東浜、
速歩競馬場の跡地で川西航空が戦闘機を製造していた関係で
1943(昭18)年:4月の春季競馬の開催を最後に
軍用地に接収され廃止に至る



同年:逆瀬川付近(旧:武庫郡良元村)に
競馬場を移しての再開が計画され
厩舎や調教コースの一部は完成させたが
終戦後に競馬場計画用地は
連合軍によって接収され


1949(昭24)年:代替地として宝塚市仁川の軍需工場跡地に
新競馬場を建設し
日本競馬会阪神競馬場として再開する


但し、当初はあくまで
暫定的な競馬場として考えられており
将来的には
当初予定の逆瀬川付近(現在の宝塚ゴルフ倶楽部を含む用地)に
本式の競馬場を建設する計画であったが
結局
実現せずに現在に至る



その様な経緯により
当初、
阪神競馬場京阪神競馬(現:京阪神不動産株式会社)の借り物であったが


1955(昭30)年:当初の競馬場予定地と
交換する形で現在の阪神競馬場の土地は日本中央競馬会譲渡される



<昭和39年・日本中央競馬会主催・連勝複式勝馬投票券>



兵庫県宝塚市